コラム - 経営者へのラブレター

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経営者へのラブレター

図解されたものは、文章化しやすい


2012年12月3日(月)日本経済新聞 33面 

「こうあるべき」を周囲に示せること
そのカギはビジョンの構築力と行動力にある

 JXホールディングス相談役 渡 文明 氏

日本は戦後の混乱から復興、高度経済成長を果たし、先進国入りしました。しかし今は、20年を超える停滞期にあります。ここから再生するのか、衰退していくのか、分水嶺に立っています。行き詰まりは歴然としています。日本の国内総生産(GDP)が世界に占める比率は、1990年には14%でしたが、11年は9%に縮小。1人当たりGDPでも2000年の世界3位から17位に下がりました。2060年の総人口は現在の32%減の8674万人、生産年齢人口はほぼ半減の4418万人になります。日本のマクロ指標は衰退を示しています。

揺らぐモノづくり
世界をリードしてきたモノづくり国家としての基盤も揺らいでいます。例えば、高度成長を支えた輸出は停滞し、GDPに占める比率は15%にとどまっています。日本と同じく製造業の強い韓国の52%、ドイツの50%との差は明白です。モノの流れはかかる状況を端的に示しています。00年に世界で2位の貨物取扱量だった成田空港は10位に後退、かつてコンテナ取扱量で世界のトップを競っていた港湾は国内最大の東京湾でも今や世界27位です。さらに深刻なのは、外国人のうち、研究者、技術者など高度人材の占める比率の低さです。オーストラリアの29%、米国の13%に対し、日本はわずか0.7%。人口減少が進む日本ではイノベーションを担う優秀な人材を海外から集めることが急務ですが、現状は厳しいと言わざるを得ません。
 日本が再生、繁栄の道に進むには、戦後の高度成長を前提にした規制、制度、組織、国民の意識などの枠組みを大きく変えなければなりません。つまり、日本では「変える力」を持った人材が今、最も求められているのです。では、「変える力」とはなんでしょうか?
 私は、2つの要素で構成されていると思います。第1は「ビジョンを構築する力」です。ビジョンとは国家のあり方といった大きなものでなくとも、自分の属する地域、会社、組織などについての「こうあるべきだ」という目標で構いません。ただし、当を得たビジョンを構築するには、正義感などをベースにした「個の確立」と競争に打ち勝ってでも「こうなりたい」と願う「健全な野心」が不可欠です。
 第2は「行動力」です。周囲を統率するリーダーシップとともに最後まで諦めずに努力し続ける「精神的な胆力」が必要です。胆力はぬるま湯の環境では養われません。挑戦と失敗を繰り返し、苦労と経験を重ねて初めて得られるものです。これは若者の挑戦を見守り、失敗を許容する社会があってこそ可能になります。
 つまり、「変える力を持つ人材」は、明確なビジョンを提示でき、その実現に向けて行動する人ですが、最近、我が社を振り返っても、今の若い人たちは課題を設定する能力はあるものの、解決に向けて率先行動しようとする気概が弱まっていると感じることがあります。中には「変える力」を発揮する者もいます。福岡県で家庭用燃料電池システム「エコファーム」を150台集中設置し、世界最大の水素エネルギーモデル都市(福岡水素タウン)を創りあげた社員、ベトナムの油田で未利用の随伴ガスを地元の火力発電所に供給し、世界初の大規模省エネ型CDM(クリーン開発メカニズム)の許可に結びつけた社員らは「変える力を持つ人材」と言えます。

輝きを取り戻すには
 そうした人材を生み出すためにすべきことはいくつかあります。「ビジョンの構築力」を高めるには、正しい歴史認識が欠かせません。これまで学校教育では日本の現代史をしっかり教えてこなかったのではないでしょうか。国家観や愛国心にかける者が周囲を納得させるビジョンを描けるとは思えません。「行動力」を発揮するには、自分の意見を的確に発信する力が必要であり、言語リテラシーの強化は必須です。特にグローバルビジネスの武器となる英語の習得は避けて通れません。英語を学ぶには留学がいちばんですが、日本人の海外留学生数は04年の8万3千人をピークに今は6万人を割る水準まで減少しています。留学促進のためにも幼少からの英語教育は不可欠です。さらに「行動力」を養うには社会に自助の精神が浸透していることも大事です。生活保護受給者の増加の一因として、勤労意欲の低下、自助精神の希薄化が指摘されています。国などから受ける「公助」や周囲から受ける「共助」より「自助」を尊ぶ社会をつくる必要があります。
 日本人は「失われた20年」ですっかり自信をなくしてしまいましたが、まだまだ日本には「勤勉さ」「おもてなしの心」「匠(たくみ)の技」など、世界に誇れる多くの財産があります。「変える力」を持つ人材が増え、これらの財産がうまく活用されれば、日本は再び輝けるはずです。
 皆さんも日本や地域、所属する組織などに関して「変える力を持つ人材をどうつくるか」を考えてください。しなやかで力強い意見を期待しています。


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