コラム - リーダーのルール

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リーダーのルール

なぜ、経営理念は必要なのか・・・

ほとんどの企業に
「経営理念」と呼ばれるものが
存在します。

なぜ、この経営理念が
作られているのでしょう?
そもそも、なんのために作るのでしょう?
なぜ、必要なのでしょう?

今回は、そんなことについて
考えてみたいと思います。

その前に、経営理念と似た用語に
企業理念があります。

その定義を明確にして
違いをはっきりさせておきたいと思います。

実務的には経営理念、企業理念は、
ほとんど同じ意味で用いられることが
多いとは思います。

が、今回のメルマガでは、
以下のように定義して話を
進めさせていただきます。

これは一般的な定義ではないかもしれません。

恐らく私の個人的な定義です。

ただ、このように定義した方が
それぞれの違いを明確にでき、
経営理念の意義や目的を
より明確にできると考えています。

経営理念:
経営者が企業の経営を行ううえでの哲学、信念。
経営をするうえで何を大切にするか
を表したもの。

企業理念:
会社としての社会における存在意義、
社会においてどんな存在で
あらなければいけないのかを表したもの。

経営理念は、経営者が、
「この企業を経営するうえで、
経営者である自分は、絶対にこれを守る!
これを自分に課す!」

という宣言のようなものです。

なので経営理念は、
社員に求めるもの、強いるものではないと
考えています。

例えば、この定義で言えば、
「社員を幸せにする」とか
「全社員の物心両面の幸福を追求する」
というのは、
経営理念としてはありですが、
企業理念としてはそぐわないと
いうことになります。

会社そのものの存在意義というより、
経営理念は、
経営者自身の覚悟や信念なわけですから。

で、この経営理念が、なぜ必要なのかです。

結論からお伝えすると・・・

「人間は、放っておくと
エゴに、欲に、人間としての本能に
負けてしまう。
それらに負けそうになったとき、
自分を戒め、軌道修正するため」


だと考えています。

人間、平常時はまだしも、
ちょっと緊急事態や異常事態に陥ると、
エゴに、欲に、人間としての本能に
負けてしまいそうになります。

いや、緊急時、異常時だけでなく
平常時でも基本、エゴや欲、本能に
支配されやすい。

そのエゴ、欲、本能に負けてしまうと
マネジメントはなかなか
うまくいかなくなると思うのです。

基本的にマネジメントは
人間の本能やエゴ、欲に反したことを
行うとうまくいきやすいと考えています。

例えば、
人には、変わりたくない、変えたくない、
という本能があります。
が、マネジメント(企業経営、部門経営含め)では、
その本能に抗い、変化を恐れず
チャレンジする方がうまくいきやすい。

短期的な目の前の利益を求めたいという
本能・欲に抗い、長期的な利益を求めるほうが、
マネジメントはうまくいきやすい、

人の話を聞くより自分の話をしたい、
自分の気持ちを分かってもらいたいと
いう本能に抗い、
人の話を聞き、相手の気持ちを汲む方が
マネジメントはうまくいきやすい、

挙げればきりがありません。

そもそも、もし人間が持っている本能のまま
エゴ・欲のままに企業経営をやったら
うまくいくのであれば、
誰が社長をやってもうまくいきますからね。

企業経営で成果を出すには、
人間の本能や自分のエゴ・欲に抗う
必要があるのです。

ただ、人は弱い。

放っておくとどうしても本能のまま、
欲のまま、エゴのままの行動を取ってしまう。

だからこそ、経営者にとって、
本能や欲、エゴにまみれそうに
なったとき、経営理念を見て、
自身の軌道修正を図るためにも
「経営理念」は必要なのではないかと思うのです。

経営者はリーダーですから、
誰からも「社長、欲にまみれてます」とか、
「それは社長のエゴです」とか、
注意してくれる人が少ないですからね。

本来なら取締役会がその機能を

果たすべきだとは思いますが・・・。


今週、とあるクライアント企業さんに
お伺いした際、そこの社長さんと
経営理念について話す機会がありました。

「なぜ、そもそも経営理念って
必要なんですかねぇ」

「なぜ、御社の経営理念の一つに
“誠実”があるんでしょうか」
と。

その会社の経営理念は「誠実」であり、
それが壁に掲げられています。


人間、放っておくと、
本能としては自分を優先させたい
というエゴが湧き上がってしまい、
お客様や社会や社員に
誠実でいられなくなる。

お客様や社会に対して不誠実な行いをしてでも、
自社を守りたい、自分を守りたいと・・・

この企業の経営理念を考えた先代の経営者の方は、
こうした人間の弱さを分かっているからこそ、
“誠実”を経営理念として掲げられたのではないか、

そんな話を現社長と話してました。

そこで思い出したのが、
京セラの稲盛和夫氏の言葉。

2007年5月に東京証券取引所が主催した講演会で
以下のように語っていました。
(日経トップリーダー2026年3月号より)

『創業時の経営者は謙虚さを持ち、
努力家でもあると思うのです。
従業員の雇用を守っていかなければならないという
使命と責任感で、自分自身が先頭を走り、
会社を一生懸命に盛り立ててきた。

その結果、会社は立派になり
利益が上がります。

京セラも創業から10年ほど経ったころには、
数十億円の利益が上げられるようになりました。

このとき、私の年俸は300万円でした。
そこで私はふと思ってしまったのです。

「すべては私が持っていた技術だ。
そして私は寝るのも惜しんで一生懸命に頑張り、
数十億円の利益を会社にもたらしている。

考えてみれば、どう見ても割が合わない。
月給を1000万円もらっても年間1億2000万円だ。
数十億円の利益は全部私が作ったものだから、
そのくらいもらっても
バチは当たらんのではなかろうか」

そんな不遜な思いが頭を巡りました。
従業員や株主のために必死に働いていたのに、
余裕が出てくると人間が変わっていく。
われわれ人間が持っているエゴが
増大してくためです。』

あの稲盛和夫氏でも
人間のエゴや欲に
負けそうになったことがあるのです。

基本的に経営者は人一倍欲が強い人たちでは
あると思います。

だからこそ起業し、
経営を行えているわけですから。

だからこそ、人一倍強い欲やエゴに
負けないようにするために、
日々自分を戒める必要がある。

そのために経営理念を
描いておくのが必要なのではないでしょうか。

稲盛氏が京セラフィロソフィーとして、
「社員の物心両面の幸せを追求する」と
挙げているのは、
放っておくと人間の本能、エゴ、欲に負けて、
社員の幸せよりも自分の幸せ、
社員の幸せよりも売上や利益、
となっていくことが分かっていたから
なのかもしれません。

それでいうと企業の不祥事は、
だいたいこの人間のエゴ、欲、本能に
負けた結果です。

特に社員の幸せよりも
「うちの会社の利益、自分の利益」と
なってしまった結果かと・・・


だからこそ経営理念とは、
社員に掲げるためのものというより、
経営者自身が、日々自分に
言い聞かせるためのものなのだと思います。


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